2007年10月25日

すごい人です、安藤昌益は

<K.Sさんから安藤昌益についてメールがありました>

45,000筆の署名、本当に感謝です。
みなさま、おつかれさまです。

ところで、安藤昌益ですけど、わたしもずっと、気になる存在として文献に目を通したりしてました。
彼は江戸時代に生きた医者ですけど、類まれな思想家でもあります。
そして、現代のさまざまな課題に響きあう提言もしているのです。
無防備の平和主義と言う視点はなるほど・・・と思わされました。

すごい人です、安藤昌益は。
どのようにして、その思想・哲学が醸成されていったのか,興味のあるところです。

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さとうなおみです

安藤昌益(あんどう しょうえき)ってどんな人か、興味が湧いて来ますね。
ネットで調べて見ました。安藤昌益の一口メモです。

 安藤昌益は、1703年(元禄16年)、現在の秋田県大館市二井田に生まれた。医学を修め、医業を生業としたが、人体の歪みを見つめるその視線は、社会、環境の歪みへと広がり、独自の思想を形成。それは、当時の封建体制のみならず、孔子、孟子、孫子ら先哲の教え、仏教思想など戦闘的に批判、自然と人間の調和を基本とした、万人平等のコミューンを構想するという、日本思想史上破格のものとされる。
参考:安藤昌益全集  農山漁村文化協会発行の推薦文から)

 今から二百年前、安藤昌益なる人があつて、万物ことごと悉く相対的に成立する事実を根本の理由とし、いやし
苟くも絶対性を帯びたる独尊不易の教法及び政法は皆之を否定し、依て此等の法に由る現在の世の中即ち法 世、自然の道に由る世の中即ち自然世に向はしむるため、其中間道程として民族的農本組織を建設し、此組織を万国に普及せしむることに由つて、全人類社会の改造を達成せしめようとしたのである。当時の学者が三教以外に何事をも考へ得なかつた間に在つて、かかる斬新なる思索を徹底せしめ、大胆なる抱負を実現しようとしたことは、只に視聴を聳動する種類のことであるのみならず、実際重大なる問題を惹起する性質のものであるから、極めて謹慎なる態度を取り、軽率なる行動を避けたるがため、広く世人の耳目に蝕るることなく、其結果が遂にこの破格的人物の存在を忘るることに至らしめたのである。<中略>
 安藤は実は純粹なる平和主義の人であつた。平和を唱へながら直ぐと腕力に訴へる様な族とは全然其選を異にしてゐたのである。彼の常に云ふ語に、我道には争ひなし、吾は兵を語らず、吾は戦はず、と云ふのがある。後に説明するが此語此考は実に彼の思索の中枢を成してゐる所から派生し来るので、決して卑怯な心から出たのではない。<後略>
(出典: 狩野亨吉著 安藤昌益  書肆 心水 (しょし・しんすい)発行)

 安藤昌益を世に広めた明治の思想家狩野亨吉 (かのう・こうきち)もすごい人です。先人の思想を学習する機会も持ちたいものですね。
 
posted by 市民の会 at 19:51| ☀| メールより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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